2012年10月22日
戸隠古道を行く!! その14 「宣澄社」
中社の大鳥居を正面にして立つと、右側にもう一つ鳥居がある。

その奥に、今回紹介する「宣澄社」があります。


宣澄社は天台宗大先達の宣澄阿闇梨(せんちょうあじゃり)を祀る神社です。
宣澄阿闇梨は、応仁2年(1468)に戸隠山顕光寺で天台宗と真言宗の争いで暗殺されたと言われています。
宣澄の遺言で「西方の怨敵真言西光寺をにらむ」怪無山の中腹に祀られたが、宝永2年(1705)中社集落東方「お宣澄屋敷」に移され、その後火災によって明治末期に現在地に移されたそうです。

「宣澄」は酒を愛し、踊りを好んだと言われており、宣澄の霊を慰め御霊の加護を願う「宣澄踊り」が毎年8月16日、中社の五斎神社境内の祠と碑の前で、奉納されています。野良着のままで踊る素朴で古風な踊りと、哀切を込めた歌声が送り盆のこの日、「宣澄社」に響きます。
「宣澄踊」については、過去記事をご覧ください。→ 「津村信夫の紫陽花忌 2」

宣澄踊の様子
次は戸隠五社のうち三ヵ所目、「中社」に向かいます。

その奥に、今回紹介する「宣澄社」があります。


宣澄社は天台宗大先達の宣澄阿闇梨(せんちょうあじゃり)を祀る神社です。
宣澄阿闇梨は、応仁2年(1468)に戸隠山顕光寺で天台宗と真言宗の争いで暗殺されたと言われています。
宣澄の遺言で「西方の怨敵真言西光寺をにらむ」怪無山の中腹に祀られたが、宝永2年(1705)中社集落東方「お宣澄屋敷」に移され、その後火災によって明治末期に現在地に移されたそうです。

「宣澄」は酒を愛し、踊りを好んだと言われており、宣澄の霊を慰め御霊の加護を願う「宣澄踊り」が毎年8月16日、中社の五斎神社境内の祠と碑の前で、奉納されています。野良着のままで踊る素朴で古風な踊りと、哀切を込めた歌声が送り盆のこの日、「宣澄社」に響きます。
「宣澄踊」については、過去記事をご覧ください。→ 「津村信夫の紫陽花忌 2」

宣澄踊の様子
次は戸隠五社のうち三ヵ所目、「中社」に向かいます。
Posted by いいときナビ at 11:28│Comments(0)
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