2012年07月11日
津村信夫の紫陽花忌 1
紫陽花忌が行われました。
これは、ブログ『戸隠に所縁のある作家 津村信夫の「戸隠の繪本」』で、ご紹介した作者津村信夫を偲ぶ会です。

戸隠の中社前広場に集合して本の題材になった「越水ヶ原」の散策や津村信夫文学碑の見学と清掃、堀井正子(近代文学研究家)さんによるお話と座談会が行われました。
中社を出発して東に通っている“横大門通り”へと散策が始まりました。


国の登録文化財「宿坊 極意」 津村の常宿「宿坊 水野」
『戸隠の絵本』中の一編「少年」は、「宿坊 水野」が
モデルです。



ギンリョウソウ アリオドシ


オドリコソウ オトシブミ


マルバフユイチゴ クリンソウ
この遊歩道を抜けると、津村も見ていた「戸隠山」が雄大な姿を見せていた。

この詩は、このように緑あふれる美しい山だけを見ても、なかなか理解するのが難しいと思う。
でも、このブログを書くようになった昨年の冬の日に見た「雪の戸隠山」を思い出したら、この詩の意味を察することができた。
凍えた景色のなかに鋸の歯ような「戸隠山」が威風堂々と立ち、寒風が「こうこう」と吹く。津村は、自然の摂理を「戸隠山」と「娘」に重ねて見たのだろう。
そして、「戸隠山」の後方には高妻山が光って見えた。



戸隠の中社前広場に集合して本の題材になった「越水ヶ原」の散策や津村信夫文学碑の見学と清掃、堀井正子(近代文学研究家)さんによるお話と座談会が行われました。
中社を出発して東に通っている“横大門通り”へと散策が始まりました。


国の登録文化財「宿坊 極意」 津村の常宿「宿坊 水野」
『戸隠の絵本』中の一編「少年」は、「宿坊 水野」が
モデルです。

中社から越水ヶ原に向かって遊歩道を進むと、
山野草などが可愛らしく咲いたり、実をつけていた。
山野草などが可愛らしく咲いたり、実をつけていた。


ギンリョウソウ アリオドシ


オドリコソウ オトシブミ


マルバフユイチゴ クリンソウ
この遊歩道を抜けると、津村も見ていた「戸隠山」が雄大な姿を見せていた。

津村の書いた「戸かくし姫」を思い出す。
山は鋸(のこぎり)の歯の形
冬になれば 人は往かず
峰の風に 屋根と木が鳴る
こうこうと鳴ると云ふ
「そんなに こうこうつて鳴りますか」
私の問ひに
娘は皓(しろ)い歯を見せた
遠くの薄は夢のやう
「美しい時ばかりはございません」
初冬の山は 不開(あけず)の間
峰吹く風をききながら
不開の間では
坊の娘がお茶をたててゐる
二十(はたち)を越すと早いものと
娘は年齢(とし)を云はなかつた
山は鋸(のこぎり)の歯の形
冬になれば 人は往かず
峰の風に 屋根と木が鳴る
こうこうと鳴ると云ふ
「そんなに こうこうつて鳴りますか」
私の問ひに
娘は皓(しろ)い歯を見せた
遠くの薄は夢のやう
「美しい時ばかりはございません」
初冬の山は 不開(あけず)の間
峰吹く風をききながら
不開の間では
坊の娘がお茶をたててゐる
二十(はたち)を越すと早いものと
娘は年齢(とし)を云はなかつた
この詩は、このように緑あふれる美しい山だけを見ても、なかなか理解するのが難しいと思う。
でも、このブログを書くようになった昨年の冬の日に見た「雪の戸隠山」を思い出したら、この詩の意味を察することができた。

そして、「戸隠山」の後方には高妻山が光って見えた。

Posted by いいときナビ at 12:04│Comments(0)
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